公開日:2019年07月03日
最終更新日:2022年07月06日
パワハラ(パワーハラスメント)とは、職場でのいじめ、嫌がらせ、暴力などのことで、法的には不法行為に当たり、加害者はもちろん企業も損害賠償責任を負う可能性があります。
パワハラの原因や内容はさまざまで、主に上司から部下へのいじめ・嫌がらせをイメージすることが多いと思いますが、部下から上司へのいじめや、同僚間でのいじめなどもパワハラとなることがあります。
厚生労働省は、平成24年(2012年)に「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」を「パワハラ」と定義しました。
「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキンググループ報告」では、職場のパワハラが起こる背景には、「企業間競争の激化による社員への圧力の高まり、職場のコミュニケーションの希薄化や問題解決機能の低下、上司のマネジメントスキルの低下、上司の価値観と部下の価値観の相違の拡大など多様な要因が指摘される」としています。
厚生労働省の指針によれば、パワハラ行為は、①身体的な攻撃(暴行・傷害)②精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)③人間関係からの切り離し(隔離・仲間はずし・無視)④過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)⑤過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)の6つの類型に区分されるとしています。
類型 | 内容 | |
---|---|---|
① | 暴行・傷害 | 身体への攻撃や暴力 |
② | 脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言 | 精神的な攻撃 |
③ | 隔離・仲間外し・無視 | 人間関係からの切り離し |
④ | 業務上明らかに不審なことや遂行不可能なことを強制、仕事の妨害 | 過大な要求 |
⑤ | 能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じる・仕事を与えない | 過小な要求 |
⑥ | 私的なことに過度に立ち入る | 個の侵害 |
参考:厚生労働省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議について」
したがってパワハラは、上司から部下への行為に限らず、同僚間や、部下から上司への行為がパワハラになることもあります。また、暴力や暴言だけでなく相手を無視したり、業務とは関係のない私的な用事を命じたりすることが、パワハラとなる場合もあります。
パワハラの被害者は心の健康を害するリスクが高まります。そして、ついには自殺を招く深刻な状態を引き起こすことさえあるのです。
また、パワハラが行われるような職場では、被害者だけでなく周りの従業員の士気も低下させます。従業員の士気が低下すれば、当然企業の生産性の低下を招きます。
その結果、職場全体の業務効率が低下し、業務に停滞が生じたり人材が流出したりするなど、企業にとって大きなダメージとなります。
それだけではありません。今やハラスメントがメディアに大きく取り上げられる時代となりましたから、もそうなれば企業の信用やブランド価値の低下は避けられません。
また、パワハラの加害者が損害賠償として慰謝料を請求されることがありますし、加害者だけでなく企業が損害賠償責任を負うこともあります。
パワハラに関しては、職場におけるパワハラ防止への取り組みを企業に義務づける「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」が成立しました。この改正により、企業によるパワハラ防止のための雇用管理上の措置義務が新設され、パワハラに関する国、企業および労働者の責任が明確になりました。
主な内容としては、パワハラに関して労働者からの相談に応じ適切に対応するために必要な体制を整備すること、パワハラの相談をしたことを理由とする不利益な取り扱いの禁止、パワハラを防止するための研修の実施などが挙げられます。さらに企業がこれらの責務を怠っていると認められる場合には、厚生労働大臣が是正等の勧告をすることができ、企業がこれに従わなければ、その旨が公表されることになりました。
このパワハラ防止措置義務は、大企業には令和2年(2020年)6月1日から適用が開始されていますが、令和4年(2022年)4月1日からは、中小企業も適用の対象となります(2022年3月31日までは、努力義務)。
パワハラの加害者は、民事上の責任のほか、刑事上の責任を追及される可能性があります。パワハラによって被害者が精神疾患などに罹患し休業した場合には、その治療費を支払う必要がありますし、慰謝料を支払う義務を負います。さらに加害者と認定されれば、企業に懲戒処分を受ける可能性があります。
パワハラにより身体的・精神的障害を負わせてしまうことになれば、加害者は不法行為による損害賠償責任(民法709条)を負うことになります。パワハラ行為は、加害者の故意過失にもとづく違法性のある行為なので、被害者が被った損害について賠償責任が発生するというわけです。
少なくとも慰謝料の支払いが必要になりますし、被害者がうつ病になって働けなくなったら治療費や休業損害も補償しなければなりません。
さらにパワハラによって被害者が休業・退職をすることになり収入が減少した場合には、減少した額の給料を損害賠償として支払う必要があります。
被害者が自殺するなどの深刻な事態を招いたりした場合には、逸失利益や慰謝料の額が極めて高額になります。
音更町農業協同組合事件(釧路地裁帯広支部 平成21年2月2日)では、長時間労働が継続して疲弊した従業員に厳しく叱責をしたところ、その従業員が自殺したという事案について、逸失利益として7200万円強、死亡慰謝料として3000万円、その他の損害を含め合計1億398万円あまりの損害賠償を認定しています。
暴力や暴言などのパワハラ行為の違法性が強い場合には、加害者に刑事上の責任が発生するケースもあります。
たとえば、上司が部下に対し、蹴ったり殴ったりしたら暴行罪(刑法208条)や傷害罪(刑法204条)になりますし、人前で名誉を傷つけるような発言があった場合には、侮辱罪(刑法231条)や名誉毀損罪(刑法230条)が成立します。そのほか、脅迫罪(刑法222条)や強要罪(刑法223条)が成立するケースも考えられます。
被害者は告訴することが可能であり、検察が加害者の行為が犯罪になると考えれば、加害者は起訴されて刑事訴訟となり有罪判決を受けるケースもあります。
パワハラの加害者は、企業によって懲戒処分を受ける可能性があります。
具体的な処分内容は就業規則に定められていますが、最悪の場合には懲戒解雇となります。どのような内容の処分になるかは、企業が決めた内容によります。
社内でパワハラが起こった時には、加害者の従業員だけではなく、企業も安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任、使用者責任に基づく損害賠償責任、さらに労災補償義務を負います。
企業は、従業員との雇用契約において適切な就業環境を従業員に提供すべき義務を負います。つまり、企業としては働く従業員に対して「安全で働きやすい職場環境を作る義務」があるにもかかわらず、環境整備を怠ったとして、加害者だけでなく企業にも損害賠償責任を問われる可能性があるのです。
パワハラが行われるような職場は一般的には快適な職場環境といえず、それにも関わらず適切な対応を行わずに、企業がパワハラ問題を放置して、結果として従業員がうつ病になってしまった場合などには、債務不履行に基づく損害賠償責任を負います。
企業の債務不履行責任(民法415条)が認められた場合には、被害者である従業員から企業に対する損害賠償請求も行われることになります。
企業は、従業員が不法行為による損害賠償責任を負う場合に、従業員と連帯して使用者責任による損害賠償責任を負います(民法715条1項)。
企業が従業員の選任・監督に相当の注意を払っていれば使用者責任は免責されることになりますが、実際に訴訟になった時には、「企業が従業員の選任・監督に相当の注意を払っていた」として使用者責任が免責されるケースはほとんどありません。
ハラスメント等を原因とした精神障害による労災補償の請求件数は年々増加しています。
労災は、企業の営利活動に伴って生じるものであることから、企業にその補償をさせる必要があります。この労災補償責任は、仮に企業に過失がなくても負うことになります(労基法75条、労災法7条)。
企業の役員は、会社に対して善管注意義務を追っています。
そこで、ハラスメントを放置したことで損害額が拡大した場合には、会社に対して損害賠償責任を負うことになります(会社法423条)。
実際、過去の裁判でも、1日12時間半以上の長時間労働をさせられ、自殺するまでの2年間、上司からパワハラを受けていた事案で、代表取締役が従業員に対して損害賠償責任を負うとされた判例もあります(東京地 平成26年11月4日)。
パワハラ被害を起こさないためには、どのような行為がパワハラに該当するのかしっかり認識することが大切です。
たとえば、「自分も以前は上司から厳しく指導を受け、成長してきたのだから同じように指導したい」などの考えを持っている人は、そのような指導方法が今は通用しないこと、職場に合わせてマネジメント方法を変えなければならないことをしっかり意識することが大切です。
前述したとおり、2020年(令和2年)より、大企業にパワハラ防止措置義務の適用が開始され、中小企業も2022年(令和4年)から適用が開始されました。
企業は労働者からの相談に応じ適切に対応するための体制を整備するほか、パワハラに関する研修の実施が義務づけられることになります。
パワハラの加害者のなかには、自分ではパワハラなど行っていないと思い込んでいて、「それはパワハラだ」と指摘されて初めて意識するケースが多々あります。
無意識にパワハラ行為を行うことがないようにするためにも、社内の研修などでパワハラ度チェックを行うことが大切です。
① 最近、パワハラについて世間が騒ぎ過ぎだと思う。自分はもっと厳しく指導された。 →「自分が体験してきた方法が絶対正しい」という考えは通用しません。職場は、いろいろな考えを持つ人間が集まっているのです。一律なマネジメント方法が通用する時代ではありません。 ② 部下のなかに何度注意しても成長しない者がいる。もっと厳しく指導すべきだと感じている。 ③自分の指導を理解してくれる部下がいることは嬉しいことだ。 |
以上、パワハラの加害者の責任や企業の責任についてご紹介しました。
ここでご紹介したような民事上の責任や刑事上の責任だけでなく、パワハラを放置することは企業のイメージダウンにも繋がります。
上司が有罪になったなどと報道されたら、企業に対する社会の信用は地に落ちてそれがそのまま業績悪化に直結することもあります。
職場のパワハラは、加害者と被害者の個人的な問題では済まない問題であり、企業にも重大なダメージが及ぶものだということをしっかり認識することが大切です。
効果的にパワハラを予防し、対策をするためには、専門家である弁護士や社会保険労務士社労士などに相談し、必要な対策などについてアドバイスを受けることが大切です。
企業が義務を怠っていると認められる場合には、厚生労働大臣から是正勧告を受けたり、企業名が公表されたりする可能性があります。
何より、労働者のために職場環境を改善し労働者の命を守るために、企業として出来得る限りの施策を実施することが強く求められます。
監修:「クラウドfreee人事労務」
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