公開日:2018年08月24日
最終更新日:2022年07月11日
近年、仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者の割合が高くなり、社会問題となっています。
これを受けて厚生労働省は、平成18年(2006年)に「労働者の心の健康の保持増進のための指針」を定め、メンタルヘルスケアの進め方や留意点などについて推進してきました。
しかし、仕事による強いストレスが原因でメンタルヘルス疾患を発症し労災認定される労働者は依然として増加傾向にあり、これまで以上に職場のメンタルヘルス対策を講じることが重要な課題となっています。
従業員がメンタルヘルス疾患を発症して休職すれば、その本人だけでなく、同じ職場で働く人の負担が増大し職場環境が悪化するリスクがあります。
さらに労災認定されたり訴訟に進んだりすれば、会社は損害賠償責任を負う可能性もあります。
今回は、メンタルヘルス問題の原因と、会社に求められるメンタルヘルス対策をご紹介します。
現代社会においては、仕事による強いストレスを感じている労働者の割合が非常に多く、その割合は6割前後となっています。
また、うつ病などの精神疾患にかかる労災の請求件数や認定件数、労働者の自殺者も増加傾向にあります。自殺者総数が2万人を超えているなかで、労働者の自殺者数も7千人前後で推移しています。
引用:厚生労働省 独立行政法人労働者健康安全機構「職場における心の健康づくり」
職場でメンタルヘルス問題が存在するにもかかわらず、その問題を放置すれば当然職場の雰囲気は悪化し本人の作業効率が落ち、同じ職場で働く人の負担は増大します。
その結果、次々とメンタルヘルス不調に陥る従業員が増える可能性があります。企業全体の生産性に影響が出てくることにもなりかねません。
メンタルヘルス疾患にかかった人が休業をすることになれば、休業補償や補充人員の給与、医療費などの経費がかかります。また、訴訟などに発展すれば、損害賠償を負担するリスクもあります。
会社には、自社の従業員に対する安全配慮義務が課されるので、対応を誤ると法的な責任が発生します。
確かに厚生労働省が平成28年に実施した労働安全衛生調査(実態調査)によれば、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は、大きく上昇していますが、メンタルヘルスに対して企業の責任が追及されて訴訟になったり労災認定されたりするリスクがあることからも、職場におけるメンタルヘルス問題を重要課題ととらえ、積極的に対策に取り組む姿勢を示すことが求められています。
参照:厚生労働省平成28年「労働安全衛生調査(実態調査)」の概況
メンタルヘルス不調を予防するためには、ストレスなどに早期に気づくこと、そして迅速に適切な対策をとることが大切です。
どのような対応をするかは、メンタルヘルス疾患者のその後の生活に大きな影響を与えることがあるからです。疾患の症状が改善することもあれば、ますます悪化してしまうこともあります。
とはいうものの、メンタルヘルス疾患への対応は、「こうするべき」という正解があるわけではありません。
原因や症状は人それぞれ異なりますし、Aさんの症状を改善させた方法がBさんにも有効な方法とは限りません。
そこでまずは、上司や同僚が適切な行動をとることができるよう、必要に応じてセミナーや研修を行うことで周知し、互いに配慮することが求められます。
従業員のメンタルヘルスケアをどのように行うべきかについては、厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」が参考になります。この指針によると、会社がメンタルヘルスケアに取り組むとき、「セルフケア」「ラインによるケア」「事業場内産業保健スタッフなどによるケア」「事業外資現によるケア」の4つの方法が提唱されています。
○セルフケア
まずは、労働者自身が自分でストレスに気づくからこそ対応できる「セルフケア」です。そのためには、労働者がメンタルヘルスケアを行うための必要な知識を身につけることが大切です。
具体的には、①従業員に対してセルフケアについての情報提供や教育研修を行うこと、②社内にメンタルヘルスの相談体制を整備すること、③労働者自身にストレスチェックをさせることなどの方法が挙げられます。
なおこの時には、一般の従業員だけではなく「管理監督者」もセルフケアの対象とすることを忘れないようにしましょう。
○ラインによるケア
ラインによるケアとは、管理職などの管理監督者が、部下の具体的な状況やストレス要因を把握して改善をはかるために、管理監督者へ教育研修・情報提供を行うことをいいます。
会社としては、管理監督者にストレスケアに関する情報提供、教育研修をして、社内におけるラインによるケアの推進をはかります。
○事業場内産業保健スタッフ等によるケア
内産業保健スタッフなどによるケアとは、社内に産業医や衛生管理者、保健師など、メンタルヘルス専門スタッフを入れてセルフケアやラインによるケアが有効に実施されるようにする取り組みです。
スタッフは、メンタルヘルスケアの実施方法を企画立案したり、個人の健康情報の取扱い方法や外部機関との連携について意見を述べたり窓口となったりします。
会社としては、スタッフに対して専門的な教育研修を行うとともに、労働者がスタッフに相談しやすい体制作りをして、「メンタルヘルス推進担当者」を選定します。
一定上の規模の事業所の場合「心の健康づくり専門スタッフ」や「保健師」などを置いて活用することも望ましいとされています。
○事業場外資源によるケア
メンタルヘルスケアでは、事業所外の支援機関を活用することも必要です。
外部の各種専門家によるサポートを受けたり、地域産業保健センターなどの支援等を積極的に活用したり、医療機関や保健機関と連携したりするのです。
外部の支援機関を活用することで、労働者が会社内に情報を知られずに安心して相談できるという効果も期待できます。
特に小規模の事業所の場合などには「地域産業保健センター」の活用が有効とされます。
まずは、会社として、従業員や社会に対し、「メンタルヘルスケアを推進すること」を表明すべきです。
会社としての姿勢を見せることで、従業員も「何かあったら相談してもよい」という意識を持つようになり、問題を抱え込んでしまうリスクが低くなります。
次に、社内体制の整備が必要です。
労働者にセルフチェックさせる制度を作り、労働者及び管理監督者に教育指導を行う機会を与え、社内にメンタルヘルスで休業した従業員の復職支援プログラムについても構築するようにしましょう。休業が必要な労働者がいる場合に備えて休業から復職に至るまでの対応マニュアルを策定するのもよいでしょう。
産業医や保健師などを入れ、外部の医療機関や保健機関と連携し、自社内にもメンタルヘルス推進担当者を置き、従業員からの相談を受け付けやすい体制を整えましょう。
体制を構築したら、実際にそういった制度を活用して労働者のメンタルヘルスケアを実施していきます。
定期的に労働者にセルフチェックをさせたり、遅刻を繰り返すような労働者がいたら声かけをして必要に応じて医療機関を受診させたり、休業が必要な労働者がいたら、症状が重症にならないうちに早期に休職させましょう。
地域の保健センターや医療機関などと連携して、労働者が外部機関に相談できるような体制を整えることも大切です。
会社としてメンタルヘルスケアを行うためには、専門的な人材確保と専門機関の活用が必須です。
たとえば、自社内に産業医や保健師、衛生士を入れたり、自社内で専門的な教育を行ってメンタルヘルスケアの推進者をおいたりすることが必要です。専門家による助言を受けたり具体的な対応策を考えてもらったりマニュアルを策定してもらったりしながらメンタルヘルス対策を進めると良いでしょう。
従業員には、積極的に社内での相談機関や連携している外部の医療機関や専門家に相談するよう推奨して、こうした支援が活用されるようにすべきです。
メンタルヘルスケアでは、労働者の個人情報の保護に配慮する必要があります。
たとえばストレスチェック実施の際、集めた情報が決して漏えいされることのないよう情報の管理体制を構築すべきです。従業員から相談を受けた場合には相談対応者に守秘義務を課し、情報の管理方法や廃棄の方法にも注意が必要です。
個人情報の保護については、個人情報保護法で規制がなされているので、違反しないよう配慮するのはもちろん、労働者のプライバシー権侵害になることのないよう万全の対処が必要です。
労働者が希望した場合には、本人に情報開示する制度や情報を訂正・廃棄する制度なども整えておきましょう。
メンタルヘルスケアを実施したら、定期的にその実施状況をチェックすることも重要です。
ストレスチェックを実施できているか、それによって労働者のメンタルヘルス問題を実際に発見できているのか、社内における相談機関の活用状況はどうなっているか、従業員や管理監督者などへの教育研修の実施状況がどうなっているのか、社内のマニュアルが現状に応じた適正なものとなっているのかなど、1つ1つ確認しましょう。改善の余地があれば、社内のメンタルヘルス専門スタッフなどと相談しながら具体的な対応方法を検討します。
これまで述べてきたように、会社にはメンタルヘルス疾患に悩む労働者がいる場合には、適切な対策をとることが必要です。
ここでは、メンタルヘルスケアを推進するうえで知っておきたい知識をご紹介します。
メンタルヘルス疾患とひと口に言っても、症状はさまざまです。
うつ病を始めとして、さまざまな病名に分類されますが、一見では分からないケースも多くあります。
ここでは、職場で生じる可能性のある、メンタルヘルス疾患の主な症状についてご紹介します。
メンタル疾患の名称 | 主な症状 |
---|---|
うつ病 | 多忙や人間関係の悩みなどによるストレスがきっかけで、精神的・身体的に不安定な症状があらわれます。 ミスを繰り返したり、遅刻、早退などを繰り返したりといった行動が増えます。 |
双極性障害(躁うつ病) | 双極性障害(以前は「躁うつ病」と呼称)とは、躁状態とうつ状態を繰り返す病気です。 うつ病とは全く別の病気であり、治療法も異なりますので、注意が必要です。 躁状態ではとても気分がよく、過度に仕事を引き受けたりといった行動に出る場合があります。また、気持を抑えることができなくなって、時に周りの人間を傷つけてしまうこともあるので、人間関係に支障を及ぼすこともあります。 |
抑うつ状態 | 抑うつ状態とは、仕事に対してやる気が出なくなり、集中できなくなる症状のことをいいます。症状としては、うつ病や、双極性障害とまではいえない程度の症状です。 軽度であれば、一時的に回復することもあるので、本人も周りも気づかないことがあります。 |
不安障害 | 不安障害とは、不安や恐怖を感じる必要がないようなことに対してまで、過剰に反応してしまう症状のことをいいます。 あらわれる症状に応じて「社交不安障害」「パニック障害」「恐怖症」などに分類されます。 |
適応障害 | 適応障害とは、環境に強いストレスや強い不安感を感じ、不安症状や抑うつ状態があらわれる症状のことをいいます。 深酒をして集中力がなくなり、ミスを繰り返し遅刻、早退などなどが多くなります。 |
自律神経失調症 | 自律神経失調症とは、ストレスやホルモンバランスの乱れが原因で、自律神経が正常に働かなくなる症状のことをいいます。めまいや動悸、睡眠障害、倦怠感などの身体的な症状があらわれることをいいます。仕事に集中できなくなり、休みがちになったりします。 |
総合失調症 | 総合失調症は、100人に1人の割合で発症すると言われている精神病で、ストレスや多忙などが原因で発症するといわれています。 幻覚や幻聴などが起こり、「会社でみんなに悪口を言われている」と思い込んでしまうケースもあります。 |
従業員からメンタルヘスに関する不調を訴えられた場合には、まず本人の話をしっかり聞くことが大切です。この時、本人の話を否定せず、本人が話しやすい環境をつくるようにしましょう。そして、どのような対応が適切か検討するため、さまざまな情報を集めておきましょう。
従業員の方から不調を訴えるということは、本人に自覚があるということですから、医療機関を受診するように求めることも時として有効ですが、すでにうつ病にかかっている人の場合には、そのように求めることがかえって負担をかけてしまう時もあります。
もしも本人が受診を拒絶する場合には、会社としても本人を心配していること、解雇や退職などの不利益はないこと、周囲に知られることなどはないことを告げて安心させ、受診を勧めましょう。
それでも納得しない場合には、本人にも了承を得た上で家族とも連携をとり、家族の方からも医療機関を受診するよう説得してもらうのも有効です。
周囲がよかれと思ってしているアドバイスでも、それが適切な方法でない場合には、かえって本人を危険な状態に追い込んでしまうこともあります。プライバシーに十分配慮しながら慎重に対応するようにしましょう。
会社は、労働者に対して、労働者の健康を維持する義務を負っています。
したがって、受診の結果従業員がメンタルヘルス疾患と診断されたら、メンタルヘルス疾患が悪化しないような措置を講じる必要があります。
具体的には、労働者の作業内容を負担の少ない作業に変更したり、作業時間を短縮したりするなどの対策を講じることになります。
また、状況に応じて休業するかどうかを判断しなければなりません。
医師の判断で休業が必要とされたら、休業を要する期間についても記載された診断書を提出してもらい、休業の準備を進めましょう。
休業中の給与や職場復帰支援制度などについて説明を行って本人を安心させ、まずは治療に専念するように言いましょう。
休業中は、社内に窓口をつくって、いつでも本人と連絡が取れる体制を構築する必要があります。
なお、労働者がメンタルヘルス疾患を発症しているにもかかわらず、必要な対策を講じなかったため、その労働者の症状が悪化してしまった場合には、会社はその労働者に対して損害賠償責任を負うことになります。
なお、「新入社員を採用するとき、いったん内定した人がうつ病などを抱えていることが発覚した」と相談されるケースがあります。このような時、単にメンタルヘルス疾患があるというだけでは内定を取り消せません。
また、採用内定の取消は無条件で認められるわけではなく、労働者の利益を守るために、客観的にみて、内定取消する合理的な理由がなければ、認められません。
ただし、メンタルヘルス疾患を罹患している従業員がその業務を行うと、事故が生じる危険性があるなどの理由がある場合には、メンタルヘルス疾患に罹患していることを理由とする内定取消が認められる可能性もあります。
以前は、精神疾患と業務との因果関係を証明することは難しく、従業員の精神疾患が労災として認定されることはありませんでした。
しかし、メンタルヘルス疾患者が増加している昨今では、従業員がうつ病などの精神疾患を発症した際、その障害が労災認定されるケースは増えています。
労災認定されるか否かについて、厚生労働省で判断基準として「心理的負荷による精神障害の認定基準」を作成しています。
この基準では、下記①~④すべての要件を満たす必要があるとしています。
①対象疾病を発症していること
うつ病や双極性障害、統合失調症など、厚生労働省の定める一定の病気ことが要件となります。
②対象疾病の発病前おおむね6カ月間に、業務による強い心理的疾病負荷があったと認められるような出来事があったこと
その精神的疾患にかかる前に、異常な長時間労働や大きな事故、急な異動など、強い精神的負荷がかかる出来事があったことが必要です。
業務による強い心理的負荷が認められた場合でも、業務以外の心理的負荷や本人に要因があると認められる場合には、どの要因がもっとも強く影響したかを検討し、評価することになります。
③業務以外の心理的負荷が原因ではないこと
精神疾患が、業務以外のプライベートな理由にもとづかないことが必要です。
④本人の既往症ではないこと
もともと本人がその精神疾患にかかっていた場合には、労災認定を受けられません。
以上の要件を満たし労災に該当する場合には、会社にも労基署から照会等があるので、適切に対応しましょう。
従業員の中には、メンタルヘルス問題に自覚がないまま無断欠勤や遅刻を繰り返したり、アルコールに依存してしまったり、人間関係を構築できなくなったり自殺願望を抱いたりしてしまっているケースもあります。
このような場合には、周囲や企業の方から気づいて本人にアプローチして、必要に応じて病院を受診させることが必要です。
また、職場内でパワハラやセクハラが行われている場合にも労働者はうつ病などを発症しやすいので、こうした問題行動を起こさないように従業員を教育し、早期に発見できるシステムを構築することなども重要です。
適切な現代社会で会社経営を行う時には、メンタルヘルス対策は必須です。
方法がわからない場合には、専門家に相談しましょう。
監修:「クラウドfreee人事労務」
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